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2008年11月10日 (月)

ホースケがいた

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 図書館で、マンガ家故福地泡介の本を見つけたので、借りて読んでます。

 いわずと知れた、早稲田漫研会三羽カラスの一人で、ウイキペディアで調べたら、ごく一時期ですが、朝日、読売、毎日三大新聞の漫画を三人(朝日:園山俊二「ペエスケ」、読売:福地「OHミスター」、毎日:東海林さだお「アサッテ君」)で競っていた時代もあったのですね。(「ペエスケ」は朝日新聞を購読してましたので、愛読してました。沖縄サンゴ損傷捏造記事で朝日をやめたので、途中から未読になっています。そのうち単行本で読もうと思っています。東海林さだおはかなり単行本で読みましたので、もういい、という感じですね。)

 福地との出会いは大学時代で、名古屋の実家で「名古屋の国民新聞」中日新聞を購読していたので、夕刊に掲載された「ブロー君」(今30年ぶりに気が付いたのですが、これ「Broken」のシャレですね。)を読み始めて以来です。よくある冴えない独身サラリーマンものでしたが、独特の虚無感ただようダジャレ(確か福地はB型だったと思います。)に何か東海林等とは違うものを感じ、以来天才いしいひさいちが登場するまでは、私のFavoriteでした。(現在は植田まさしの「かりあげ君」に何か共通した虚無感を感じます。)

「ブロー君」はゼミ室でも、全員の家庭が中日新聞を購読していたので、よく話題になりました。職場の帰りがけに「ねえ、デートしよう」「イヤ!」という何回か繰り返されるパターンがあったのですが、ある日、唐突に彼女の返事が「いいわ」に変わりました。私は直感的に「このマンガもうすぐ終わるな」と思いました。しばらくして結婚式をもって「ブロー君」はめでたく終了しました。

 就職してからは、仕事柄日本経済新聞が主な購読紙になりましたが、立原正秋や渡辺淳一の小説とともに、連載され始めた「ドーモ君」を楽しんでいました。「ドーモ君」は福地の死去で未完に終わりましたが、以来日経はマンガを掲載していません。

 福地ワールドがどういうものか、この本からふたつほど紹介します。

1.(マンガより)「風邪を引いて、咳がひどい。ゴホン、ゴホン、ゴホン。たまらない。まとめてできないかと思って、ジュッポン、ヒャッポン、と言ってみたが、やっぱり変わらなかった。」

 2.(エッセイより)「何となく喫茶店でコーヒーを飲む程度の付き合いの、彼女が今日はデートに来なかった。お見合いだとは聞いていた。どうやらフラれたらしい。数日後、手紙が来た。『あけましておめでとうございます。先日は失礼いたしました。親の顔をたてるためにお見合いに行ってしまったのです。さぞかしご立腹のことと思います。扨て、弱点とは握るものであるとおっしゃいましたね。握るものだからそれは男にしかないものだとも。男に弱点があるのなら、それなら女には弱みがございます。なぜなら弱みにつけ入ると申します。はしたないことをいう女とお思いになるのならそれでもかまいません。握るのが弱点なら、つけ入るのは弱みだと思います。おしたいしています。おしたいするこんな気持ちが、女の私の弱みです。』飛び上がった。」

 図書館から「早く返せ」と督促状が来ているので、早く読んで返さなきゃ。

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